食べるの大好き、でも太りたくない。ストレスフリーのダイエット


by eyeeye510518
月1恒例で開催していた合コンでしたが、成果はさっぱり。
しかし、ある飲み会で知り合った2才年上の男性と、晴れておつき合いをすることに
なりました。音楽鑑賞、映画鑑賞、スノーボードと多趣味な彼と、割と楽しく交際
していましたが、ただひとつ、とっても几帳面なところが性格的に合わなくて、
3ヶ月も経たないうちにお別れしてしまいました。
その間に、ハタチの頃に1度振られた彼と友達づきあいから少し発展するような
予感があり、別れた彼のことはすっかり忘れることができたのです。
夏真っ盛りの8月、私には新しい彼ができました。
大学4年で授業が少なかったのと、電車で15分くらいで行き来できるので、
ほぼ毎日一緒に過ごし、一緒にご飯を作ったり、いろんなお店にご飯を食べに行き、
私は彼とおんなじくらいの量の食事やデザートを楽しみ、気付いたら交際3ヶ月で
50㎏になっていました。
もっとも、その頃はただただ楽しくて、太った痩せたの問題は、きれいさっぱり
忘れていて、リバウンドしたことなんて全然気にしていませんでした。
幸い卒論で忙しくなったのと、卒論が終わった後は、女友達と3泊4日ひたすら
1日滑りまくる(食事休憩40分、3時の休憩15分、リフト運行開始から終了まで
ほぼ無言で行われる)という熱いスノボ旅行に数回行き、その旅費を捻出するために
バイトも超ハード、という生活で48㎏まで戻り、40㎏台であるという安心は
取り戻しました。
22才、大学卒業時、159㎝、48㎏。
この時以降、痩せてはリバウンドし、食事を減らしてまた痩せる、
という悪魔のリバウンド地獄に、私は嵌って行ったのです。
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# by eyeeye510518 | 2005-11-28 12:20 | ダイエット
友達のほとんどに彼氏がいるという状況の中失恋した私は、
人生で初めて食べ物が喉を通らない、という経験をしました。
失恋の痛手を癒すため、暇があれば友達と飲みに行ったり遅くまでお茶したり、
とにかく辛さのあまりじっとしていられなかったハタチから21の頃。
お酒やコーヒーの飲み過ぎで朝ご飯の匂いが気持ち悪いと思うようになったのが始まりで、朝食べないで胃がムカムカしてるもんだから、昼も夜もジュースやアイスやヨーグルト、まるでろくな食事を摂らなくなったのです。ちょっとお腹が空くと、コーヒー。
それで余計に胃がむかついてるという悪循環。あっという間に小学生以来の40㎏台に。大学の健康診断では48㎏になってました。
ダイエットとは何なのか、全然わからずに体重が落ちたのが楽しくて嬉しくて、
46㎏まで落とそうと決意したのです。そこで試した方法が、友達から聞いた断食。
断食といっても全く食べないのではなく、野菜ジュースとノンシュガーの飲み物だけで週末の2日間を過ごすという、要するに週末プチ断食。聞いたのがちょうど金曜の夜だったので、早速その土日で試すことに。
が、しかし。
土曜だから昼過ぎにゆっくり起きて、充実野菜を1本と、ブラックのコーヒーを飲んだものの、「今日と明日は何も食べられないんだ」と思うと、恋煩いで食欲が落ちていた私が、ご飯やら肉やらとってもとっても食べたくなってしまったのです。
夕方、気分転換に地元のカフェに行ってコーヒーを飲んでもリラックスできず、
タバコを何本吸っても食欲は増すばかり。
結局、週末断食はたったの6時間あまりで終了したのです。
これをきっかけに、恋煩いによる虚食気味の生活にピリオドが打たれ、
食べることを大いに楽しむ元の生活に戻ることができました。
食べられなかった時、痩せていく自分が面白くもあった反面、
自分はこのまま虚食になって骨と皮になってしまうんじゃないかという不安も強く
持っていました。(実際もとがぽっちゃりだったので少々痩せたところでちょうどいい
体型でしたが。)でも長引いてエスカレートしたらほんとにそうなってたかもしれないと思うと今でもぞっとします。
ご飯を食べられるようになったら途端にアグレッシブになり、
失恋の痛手を引きづりつつも新しい出会いをもとめるようになり、
バイトの友達や高校時代の上京組の友達、大学の友達と誘い合って
合コンにも積極的に参加するようになりました。
そこに意外や意外、ダイエットのチャンスがあったのです。
というもの、居酒屋メニューには、私の苦手な物が満載。
同年代の男子がオーダーしがちなのは、チャーハンや揚げ物やバターを使った炒め物中心で、それは私が好んで食べるものではなかったのです。
私は合コンの席では、会費の元を全然とれずにサラダばっかり食べてました。
飲み会も、そんなに頻繁にしてたわけではなかったけど、
そのおかげか特に気をつけずに自然に目標としていた46㎏まで痩せました。
21才にしてやっとMサイズのボトムが履けるようになり、当時全盛期だった
シマロンのパンツは28インチ。
やっと長年のコンプレックスだった体型とおさらばできるー!
と浮かれていたのもつかの間、この時はダイエットの何たるかを全く知らずにいたのです。
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# by eyeeye510518 | 2005-11-25 22:40

モテたいハタチ

20歳の夏、私は失恋をしました。
相手は片思いしていた2歳年上のサークルの先輩。
彼にはつきあっている女性がいたので告白するかどうかかなり悩み抜き、
そのうち悩むのが面倒になって「振られてもいいや、言っちゃえ!」
と思い確か電話で告白しました。
結果はもちろん×。わかってはいたけど悲しかったなー。
しかも、私のことを、人としては好きだけど女として見たことはないって
言われた気がします。(だいぶ前のことなのでうっすらとしか思い出せません)
好きな人に女として見てもらえてないってことが、とってもショックでした。
どうして女として意識してもらえないんだろう、確かに彼にだけじゃなく、
一般男性ほとんどに女性として扱われてない気がする、私ってモテないじゃん!
と後ろ向きまっしぐら。

そして、
私、ブスでデブだからモテないんだわ!
と自分の見た目のせいでモテないと思い込んでしまったのです。
そして、「ああ、1度でいいからモテてみたい」
と切実に思うようになったのです。
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# by eyeeye510518 | 2005-10-03 20:29 | ダイエット
まるで私の半生を振り返るためのブログみたいになってますが、
今の体重になるまでの経緯を書かないと先には進めないので
もうしばらくは思い出を書いてみようと思います。

大学1年の夏休みが明けた頃、私の通っていた大学では、
2年からの専攻を決めなければいけませんでした。
もともとは、心理学をやりたくて入った大学だったのに、
私はそのために重要だった1年前期の成績が最悪で、
ひどく落ち込んでいました。落とした単位は取り戻せない、
けど、進みたい学科に進めなければこの大学に入った意味がない。
諦めるしかないのに悩みまくって、学校を辞めようか、それとも留年して
まともな成績をとって進みたい学科に進むべきか(でも留年させてなんて
親に言えないよー!)と良い考えが浮かばないまま、
どうしようもないことをくよくよ悩んでました。
ちょうど同時期に母が入院、手術をして、母のことが心配で落ち込んでいたのもあって、なかなか前向きな気持ちにはなれませんでした。
それでも、太宰治や三島由紀夫など、日本近代文学が好きだった私は、
最終的には日本文学を専攻することを決意し、悩みは解決したのですが、
1つ嬉しい出来事が。
母の看病とバイト、そして暇があればひたすら考え事をする、という生活をしていたおかげで、56㎏だった体重がいつの間にか52㎏に。
大学1年の春休みには、初めてのミニスカートに挑戦できるようになったのです。
今思うと、多少見苦しかった気はしますが、それはきっと若さでカバーできていた、
と思います。(ちょっと弱気)

45㎏まであと7㎏。もうちょっとだけおつきあいくださいませ。
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# by eyeeye510518 | 2005-09-18 01:16 | ダイエット

18歳、屈辱の一言

56、7㎏をキープし、大学に入学しました。周りの子は、田舎と違って洗練されていて、しかも、みんな細くてかわいい。と思いました。私だって、もうその頃はすんごいおデブではなかったけど、平均よりはまだ少しぽっちゃりしてました。それでも、大抵のお店のLサイズは着られるようになっていたし、お母さんも、ハタチくらいになればまた痩せるよ、と言っていたのでさほど体型のことは気にしなくなっていたある日、大学に入って初めての体育の授業で、いきなり体重を計ることに。は?なんで?しかも1人ずつ個室に入って体重だけ計るなんて意味わかんない、と思いながら順番を待っていました。だって、健康診断で1回計ってるし。そして、私の番がやってきました。「56㎏か。ちょっと太りぎみだね。運動を習慣にして、食事にも気を使って」と肥満の体育教師に言われたのでした。花も恥じらう乙女に太りぎみだなんて、失礼極まりない。ショックでした。絶対痩せてやるー!と思ったのもつかの間、友達との外食やらサークルの飲み会やらで、ダイエットのことはきれいさっぱり忘れて大学生活を謳歌しはじめたのです。
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# by eyeeye510518 | 2005-08-06 20:14 | ダイエット

自己流ダイエット

人生初のダイエットを決意した17歳当時、巷で流行っていたのはゆで卵、りんごなどをひたすら食べ続けるというハードな単品ダイエットでした。クラスの子の中にはそれらをやってる子もいたし、もともとすっごく痩せてるのに下剤を飲んで痩せようとしてる子もいました。ただ、私の場合、単品ダイエットは母が大反対。成長期にそんなことするなー!って。まあ、当たり前だけど。私はダイエットの知識なんてないし、いろいろ考えた結果、間食をなくし、飲み物をジュースからお茶に変えるだけで少しは痩せるんじゃないかと思い、それを実行することから私のダイエットは始まりました。お昼は例の唐揚げをやめ、母の手作り弁当持参で。もとの体重が重いから、3、4㎏減るのはあっという間で、1週間経つか経たないかで62、3㎏くらいまで落ちました。あまりにも簡単に体重が減ったので、楽しくなってきた私は、さらなる食事制限をしました。とはいってもそんなにハードなものではなく、夕飯のお米を海藻サラダに変えて、おかずは普通に食べるだけ。しかも、海藻でお腹がいっぱいになるくらいの量を食べてました。もちろんノンオイルドレッシングで。(単品ダイエットで食べ続けたものをのちのちキライになったっていう話をよく聞きますが、私は海藻ではなくノンオイルドレッシングが大嫌いになりました。あの人工甘味料の味、嫌です)海藻はカロリーが低いうえ、食物繊維が豊富。便秘解消にもいいけれど、私は当時はお通じ良好だったのでもっぱら摂取カロリーカットのためだけに海藻を食べてました。1ヶ月も経つと60㎏くらいまで落ち、50㎏台はもう間近ってところで、さらなるダイエットチャンスに出会いました。それまでのバス通学をやめて、電車で通学し始め、歩く距離が伸びたんです。バス停は家から徒歩1分、そして学校の目の前と、全く歩くことのなかった私。電車通学に変えて、最寄りの駅は徒歩40分、距離にして3㎞から4㎞くらいの道のりを、朝はバスで、帰りは週に3、4日徒歩に変えました。そして家では腹筋や背筋などの筋トレ(腹筋100回、背筋50回、ヒップアップ体操左右各50回)を実行。やると決めたことは毎日やらないと気が済まない、融通のきかない性格が功を奏して、ダイエット開始から3ヶ月経つ頃には57、8㎏にまで体重を落とすことに成功したのです。その頃にはファーストフードを欲することもなくなり、暴飲暴食をしなくなったおかげで胃も小さくなったのか、食事も間食も、ダイエット前より少量で満足できるようになっていました。何より、体が軽い。動くのが楽。気持ちも前向きになり、メイクやファッションを楽しめるように。156㎝で57㎏だと、数値としてはまだぽっちゃりの域ではありましたが、今考えると多分筋肉量が多めだった(体脂肪計はまだ家庭用としてはメジャーじゃなかったので我が家にはありませんでした)ため、見た目はすっきりしたのでダイエットは終了しました。
終了、と言ってももとの暴飲暴食の生活を再びはじめたわけではなく、ダイエット中に身に付けた生活習慣はそのままに、夜ご飯にもお米を食べ、お菓子は1日1回だけ、というように多少緩めのルールは守って食べることを楽しむようにしました。これが、私の初めての、そしてもっとも減量したダイエット。45㎏まであと12㎏、まだまだ長い道のりです。
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# by eyeeye510518 | 2005-08-05 12:00 | ダイエット
高校2年も終わりに近付いた頃、私はふと気付きました。
「着れる服が、ない。」
折しもスケーターカジュアルや、B系のダボダボな服装が流行っていた頃のことです。
私もいつもはメンズの30何インチ(たしか32だったと思う)のチノパンをはいていたので、自分のサイズがレデイ−スの普通サイズをとっくにオーバーしてることに
なかなか気付く機会がなかったんですが、たまたま母と買い物に行った時に、
「たまには女の子らしい恰好しなさいよ」
と言われて細身のブーツカットのパンツのLサイズを試着することになって、はいてみると、膝から上にはどうがんばっても上がらなかったんです。狭い試着室の中で冷や汗をかきながらサイズのタグを何度も確認する私。Lって、ラ−ジのLだよね?これ以上大きいのって、ないんだよね?現実を知り、泣きそうになる私。そういえば、最近、座るとお腹のお肉が太ももにくっついて座るのがつらい。しかも、歩いている時も、太ももが擦れて痛い。私、もしかして、もしかしなくてもデブ?
家に帰って、体重計に乗ると、目盛りは無情にも66㎏を示している。四捨五入したら70㎏ですよ。どうしよう、女の子の体重じゃない!痩せなきゃ、今すぐに。
そして私は決意しました。寄り道をやめ、お昼の唐揚げとビッグサイズおにぎりをやめることを。17歳冬、156㎝、66㎏。これが、ダイエット開始前の私の姿でした。
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# by eyeeye510518 | 2005-08-01 22:26 | ダイエット

デブへの道のり其の参

高校に入学して、初めて地元からバスで通学し始めて、私は寄り道を覚えました。
家の近所にはないミスド、ケンタ、モスなどファーストフードのお店でおやつタイムをとってから
家に帰ることがほとんどでした。それだけならまだいいのですが、おやつなんて、
学校でも色々食べますよね。クラスの子が持ってきているスナック菓子や甘いものを、
朝授業が始まる前の時間から休み時間、空いている時間はいつも何かしら口にしている上に、
飲み物はお砂糖たっぷりのジュース。
お昼も学校の近くのスーパーに売っている拳1つ分はあるんじゃないかと思われるでっかい唐揚げ3つか4つ(パックで売ってた)と、これまた拳1つ分のたけのこご飯のおにぎり2つ、というのが
定番でした。放課後はファーストフードでセットメニューを楽しみ、(ミスドではドーナツは絶対2つ)
家に帰ってからはお腹パンパンの状態で帰宅しているにも関わらず、出されたおかずは全部たいらげ、ご飯なんて茶碗山盛り2膳は必須でした。そして、苦しくて動けないから食後は横になって
テレビ鑑賞。当時は、起きている間は常にお腹いっぱいの状態じゃないと気が済みませんでした。
体重にも関心がなく、学校の健康診断以外では体重計にも乗らない生活が2年近く続きました。
お小遣いも、食べ物だけで使い果たし、服や化粧品なんて買えなかった。でも、それでも
食べること優先でした。体型に関しても、私と同じくらいのぽっちゃりさんと友達づきあいをしていたので、座ってるとき、お腹の肉が邪魔だなー、くらいにしか思ってませんでした。
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# by eyeeye510518 | 2005-07-17 10:06

深夜のおやつ

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物ぐさの私が人生初のケーキ作りに挑戦。オーブンを使わないレアチーズケーキブルーベリージャム添え。
食べた分は半身浴、ヨガ、ウォーキングでしっかり消費。食べたいなら動く、が基本です。
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# by eyeeye510518 | 2005-07-16 10:36

デブへの道のり其の弐

小6の夏休み以来、体重増加は加速し、気づいたら小学校を卒業する頃には55キロくらいに
なっていました。身長は全然伸びなくて、横にばっか大きくなっちゃったんですね。
その頃、何がきっかけだったのか忘れてしまったんですが、仲良しグループの子達からいじめを
受けるようになり、ついたあだ名が「野ブタ」。
鼻が上向きなのと、ぽっちゃりしてたからでしょうね。陰で「野ブタ」と呼ばれていたようです。
それが自分のあだ名だと気づいた時は、本気で死にたくなりました。
陰で呼ばれてるってとこがジョークでない感じがしてつらかったですね。
痩せたいと思ってもダイエットの知識もないし、
成長期だから親が食事面で協力してくれるはずもなく、
中学卒業の頃には59キロくらいになってました。
中学の頃もいじめがあったので、外へ出るのが嫌で、
家で食べて寝て、本ばっかり読んでたので、
運動らしき運動は全くしていなかったです。
今振り返ると(できれば振り返りたくないし、実際今久々に当時のことを思い出して
ちょっと吐きそう)、暗い青春でしたねえ。
次回は人生初のダイエットをした高校時代のことを書こうと思います。
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# by eyeeye510518 | 2005-07-16 01:11 | ダイエット